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フォンテーヌブロー派『ガブリエル・デストレとその妹』
記事URL  カテゴリ | その他絵画 | 2011年01月03日(月)11時52分 | 編集 |
2011年1月3日(月)


テレビでの放送日:2010年4月10日(土) 番組名:『美の巨人たち』(テレビ東京)

今回の『美の巨人たち』では、『ガブリエル・デストレとその妹』が取り上げられました。

2011年1月3日フォンテーヌブロー派『ガブリエル・デストレとその妹』1 255

この絵に描かれた乳首と指輪の意味は、未だに解明されていません。
この謎めいた絵画の背景にあるものを、独自の視点で述べていきたいと思います。


目次
1. アンリ4世
2. フォンテーヌブロー派
3. 愛妾の裸体
4. 妹の裸体


1. アンリ4世


絵画の向かって右側に描かれている女性が、ガブリエル・デストレ(1571-1599)です。

ガブリエル・デストレはフランス王アンリ4世の愛妾(あいしょう)です。
正式に王妃になる日を目前にして謎の死を遂げました。

食事の際に苦しみ出して急死したという状況から毒殺説が囁かれましたが、真相は依然として闇の中です。

アンリ4世(1553-1610。在位1589-1610)はブルボン朝初代の王です。
太陽王と呼ばれたルイ14世(1638-1715)は、アンリ4世の孫にあたります。

アンリ4世が開いたブルボン朝は、フランス革命によって第一共和政(1792-1804)が成立するまでの約200年間、フランスを支配したことになります。


2. フォンテーヌブロー派


1) この絵の作者は誰か?


この絵の作者は不詳です。

画家の個人名などは特定出来ませんが、「フォンテーヌブロー派」という画家の流派が「作者」ということになっています。

フォンテーヌブロー派(École de Fontainebleau)とは、フランスのルネサンス期にフォンテーヌブロー宮殿で活躍した画家達の総称です。

この絵が所蔵されているルーヴル美術館のサイトには、1594年頃に制作された作品であると記されています。


2) 王の浴室


王であるアンリ4世はフォンテーヌブロー宮殿の浴室にこの絵を飾って、絵画の中に描かれた愛妾の裸体を日々見つめていたと言われています。

ガブリエル・デストレが亡くなったのは1599年のことですので、この絵画は彼女が生存中に王の浴室に飾られていたことになります。

アンリ4世は何もこの作品を浴室で眺めなくても、カブリエルの素肌にいつでも触れることが出来たはずなんですけどね。

入浴中といったガブリエルがいない状況においても常に愛妾の存在を感じていたいという、そういう情愛の深い王だったのかも知れません。

第3章で述べますが、実際に二人の間には真実の愛があったようです。


3. 愛妾の裸体


1) 素朴な疑問その1


さて、私はこの絵を見て素朴な疑問を二つ感じました。

一つ目の疑問は、この絵を描くにあたりガブリエル・デストレの裸体を一体誰が見たのかということです。


#1 有名人の裸体


妾とはいえガブリエル(1571-1599)は、王であるアンリ4世(1553-1610)から寵愛を受けている女性です。

たくさんいる愛人の中の一人ではなく、王に最も近い立場にいる側近と言っても良い存在です。

フランス人だけでなく異国の宮廷人も知っているような有名人です。
今の時代であれば、芸能記者に追い掛け回されるようなヨーロッパ中にその名が知れ渡っている女性です。

そういう立場にある女性の裸体を見ることが許される画家って、一体どんな人なんでしょうか?


#2 浴室に絵を飾る意味とは?


実際に裸体を絵画に表現している以上、誰かがガブリエルの裸体を見たはずですよね。

まあ画家が空想で描いたということもあり得ますが、第2章で述べたようにこの絵はアンリ4世が「王の浴室」において日々眺めていた作品です。

王にとってはかなりのお気に入りであっただろうと推測出来ます。

天下のフランス国王が浴室にまで飾ろうとしたぐらい、完成度の高い作品に仕上がっていたと解釈出来るでしょう。

ということは絵画に描かれたガブリエルの白い肌、柔らかな肩、そして整った乳房はアンリ4世が知り尽くしたものとほぼ同じであったはずなんです。

アンリ4世自身がこの絵を描いたのであれば、全てを知る者として容易に愛妾の裸体を表現出来ると思います。

しかし実際に描いた人物は王ではありません。
絵画史の通説としては、この絵画の作者はアンリ4世ではないということになっています。


#3 耳目に触れる裸体


通説に従うとするならば、画家(たち)が芸術の題材という名の下に、愛妾の裸体をじっくりと見つめることを王自らが許可したということになりますよね。

そんな最高権力者が果たしているでしょうか?
たとえその画家が女性であったとしてもです。

絵画が完成した暁にはその裸体が周知に晒されるわけです。
たとえ肖像画の中の裸体であったとしてもです。

さらに王の浴室には王以外の人間がたくさん出入りするはずです。

そんな多人数が出たり入ったりするような空間に、「正妻」にしようかと考えている女性の乳房を題材とした絵画を喜んで飾る男がいるでしょうか?

乳房はともかく乳首は許容範囲を超えていますでしょ?


#4 外交を担う愛妾


ガブリエル・デストレ(1571-1599)は、機知に富んだ女性であり政治的な手腕にも長けていました。

彼女の才能は王であるアンリ4世(在位1589-1610)にも認められて、遠征にも同行していたほどです。

美貌の妾というだけでなく政治にも介入するぐらいの頭脳明晰な20歳代の女性・・・、それがガブリエル・デストレだったわけです。

王は真剣に正妻(あの王妃マルゴです!)との離婚を考え、愛妾(あいしょう)との正式な結婚を望みました。

つまりアンリ4世は近い将来の「王妃」としてガブリエルを丁重に扱い、心から愛していたということです。

当然、王の周囲にいる者たちもそのような目で才知縦横のガブリエルを見ていたはずです。


#5 サン=ドニ大聖堂


アンリ4世がガブリエルを単なる愛妾ではなく、それ以上の存在として捉えていたことを周囲に知らしめた出来事があります。

それは彼女の葬儀です。

アンリ4世はガブリエルの葬儀を、何とサン=ドニ大聖堂(Basilique de Saint-Denis)で執り行ったのです。

サン=ドニ大聖堂といえば、歴代のフランス君主が埋葬されているという由緒正しき教会です。

ここでガブリエルのためのミサが行われたということは、彼女は王家の人間と同等に扱われたということになるわけです。

実際にはガブリエルは王妃ではなく妾の身分で死にました。
この待遇は異例中の異例と言えるでしょう。

また、それを実現したアンリ4世が強大な権力を保持していたことの表れと見ることも出来ますよね。


#6 作者不詳の理由


そういった「身分の高い」女性に対して、たとえ絵画のためとは言え、上半身を露(あらわ)にした状態で着座することを命令する最高権力者がいるでしょうか?

この作品を仕上げた画家は、愛妾であるガブリエルよりも社会的地位は低いと看做(みな)されていたはずなんですよ。

そんな「格下」の相手に乳首を晒す女性がいるでしょうか?

また、そんな「高貴な」女性の乳房を目の当たりにした画家の名前が、なぜ後世に残っていないのでしょうか?

男女を問わず衣装の下に隠された肉体が実際にはどうなっているのかを見たいという欲求は、いつの時代にも存在するのだと思います。

写真やビデオという器具がなかった当時は、そういった好奇心を満たすためには芸術作品を見る以外に方法がありませんでした。

そのような芸術作品を王の命令によって完成させるという「大役」を仰せつかった一線級の画家が、間違いなくいたはずなんです。

ところが、その名前はこの世から抹消されてしまいました。
なぜなのでしょうか?


3. 愛妾の裸体


2) 近代における裸婦


19世紀後半以降においてピエール=オーギュスト・ルノワール(1841-1919)などの画家たちが、芸術表現の一環として裸婦を数多く描いています。

モデルになっているのは市井(しせい)の女性たちであり、最高権力者に近い立場にあるような女性たちではありません。

一例として、フィラデルフィア美術館(The Philadelphia Museum of Art)が所蔵しているルノワールの作品『大水浴』を御覧下さい。

2011年1月3日フォンテーヌブロー派『ガブリエル・デストレとその妹』2 227

『大水浴』という不思議な邦訳は、英語の題名The Large Bathersから来ているのかも知れません。

『浴女たち』という邦訳もあるようです。

確かにルノアールが活躍した頃のフランスには、「王」という名の権力者はもう存在していませんでした。

しかし、王がいなくなったとしても芸術を愛好する政治的権力者はいたはずです。

そういった権力者に関係する女性が絵画のモデルとなってその裸体を晒したという話は、おそらく伝えられてはいないと思います。

その意味では、ガブリエルが乳首を晒しているという事実は特異なことであると評価出来るでしょう。


4. 妹の裸体


1) 素朴な疑問その2


ガブリエル・デストレ(1571-1599)の左側に描かれている女性は、彼女の妹であるとされています。

姉の政治力のおかげかどうかはわかりませんが、おそらくこの妹もアンリ4世に近い立場にあった女性であり、フォンテーヌブロー宮殿に出入りしていたのでしょうね。

そして、姉同様その美しい裸体を画家の前に晒して、この絵画を構成する一つの要素になっているわけです。


#1 美貌の妹


この妹ってこの絵画の中に本当に必要なんでしょうか?
これが私の感じている2つ目の疑問点です。

この絵画はガブリエルの美しさを主題として描かれているはずです。
しかし、作品を見る人は必ずしもガブリエルだけに視線を向けるわけではないと思います。

向かって左側に描かれている妹は、美しさという点において主役であるガブリエルに全く引けを取りません。

むしろ、肉感的な描写という観点では妹の方が姉よりも一回り豊かに描かれています。
官能的な美しさを備えた左側の女性に目を奪われる鑑賞者も多いことと推察します。


#2 美しい肉体とは何か?


ガブリエルが生きた16世紀末の社会通念がどうだったのかはわかりませんが、現代においては痩身というものが女性の美しさの基準であるかのような観念が広まっていると思われます。

ところが、女性が理想とする「痩せた」肉体美と男性が希求する「官能を備えた」肉体美には隔たりがあるように思います。

第三章第二項で紹介したルノワールのThe Large Bathersを、もう一度ご覧になって下さい。

2011年1月3日フォンテーヌブロー派『ガブリエル・デストレとその妹』2 227

この作品の構図からして、ルノワールが最も描きたかったのは一番左側にいる黒髪の女性だと思います。

左端というあまり目立たないはずの場所に座りながらも、会話の主導権を握ることでこの黒髪の女性は作品の中心をなしています。

また、その肉感的な美しさはこの絵画を見る者に生の喜びを感じさせます。

さらに、この女性の持つ官能美は前景右端に描かれた「痩身」の女性と対比させることによって、一層際立っていると言えるでしょう。


#3 霞むガブリエル


話をガブリエルの絵画に戻しますが・・・、

このように、肉感的なる女性に心を奪われるのが人間の本質だとすると、左側に描かれた官能的な妹の方により多くの視線が注がれていると解釈するのが自然だと思います。

そして、構図上の「主導権」ということで言えば、指輪をつまんでいるガブリエルよりも発達した乳首という女性の象徴に触れている妹の方が人間関係の主導権を有しているように思えるのですが、いかがでしょうかね?


#4 目立たない指輪


向かって右側にいるガブリエルが左指で持っている指輪は、浴槽の縁と同じ位置に描かれていますよね。

そのため、肝心の指輪がほとんど目立たない構図になってしまっています。

ガブリエルが美しい指先でつまんでいる指輪は、彼女が近々王妃になることを周囲に示す役割を担っていると言えるはずです。

そんな権威の象徴とも言える指輪があえて目立たないように描かれているのは、アンリ4世と彼女との親密な関係を考えた時に合点がゆきません。

一方、妹の左腕は画面中央に配置され、勝ち誇ったかのように姉の乳首をつまんでいます。

この絵画を見た瞬間に先に目が行くのは、ガブリエルがつまんでいる指輪か妹がつまんでいる乳首か、どちらでしょうか?

当然乳首です。

これらのことを通じて妹の方がガブリエルよりも優位な立場にあることを示しているのではないかと読み取ることも可能だろうと思います。

この絵画を制作した画家は、一体どんな秘密を知っていたのでしょうか?


#5 乳首を触るのは誰か?


次に根源的な疑問として、なぜ妹が姉の乳首をつまむ必要があるのでしょうか?
一般論として女性の乳首に触れるのは誰なのかを考えると、それはやはり男です。

そもそもキリスト教信者にとっては、同性による秘め事は禁忌とされています。

昨今では人々の意識が変わり、同性による愛情の交換を認めるような風潮が多少なりとも存在するのかも知れません。

しかし、この絵画が描かれた16世紀後半(1594年頃)においては、姉妹による肉体の触れ合いという事実を社会通念として認めるいうことはまずあり得ないことであったろうと思われます。

にも関わらず作者はこの構図を選び、王は出来上がった作品に喜び、浴室とはいえ相当数の人間の目に触れる場所に飾っていたというのです。

何か腑に落ちない、引っ掛かりを感じますよね。


#6 「妹」とは誰なのか?


この妹は、本当は誰なのでしょうか?

ガブリエル・デストレ(1571-1599)は実在の人物ですし、彼女に妹がいたことも事実のようです。

この絵画の完成からおよそ5年後にガブリエルは謎の急死を遂げています。
権力者に近い立場にいた愛妾(あいしょう)ですから敵も多かったことでしょう。

この絵画の作者は王や愛妾に接することが出来る立場にありました。
その政権中枢に入り込めるという立場を利用して、何か重大な秘密を突き止めたのかも知れません。

そして、その「知り得たこと」をこの絵画の中に秘密裏に表現したのですが、やがてそれが露見するところとなったのかも知れませんね。

最終的には絵画の作者はガブリエルと同じ運命を辿ったのでしょうか?


2) 原題


#1 Villars公爵夫人


最後に、この絵画が原題ではどのように表記されているのかを見ておきましょう。

この絵画は日本では『ガブリエル・デストレとその妹』という作品名で知られていますが、フランス語では次のように表記されています。

Portrait présumé de Gabrielle d'Estrées et de sa sœur la duchesse de Villars

ガブリエル・デストレ(Gabrielle d'Estrées)とその妹であるVillars公爵夫人と推定されている肖像画


sa sœurはこの題名においては彼女の妹という意味です。
la duchesseは公爵夫人という意味です。


#2 César de Vendômeの父親は誰か?


ルーヴル美術館のサイトには、以下の注釈が載っています。

Le geste ostentatoire pourrait faire allusion à la maternité de Gabrielle et à la naissance, en 1594, de César de Vendôme, bâtard d'Henri IV.

これ見よがしに美しい裸体を露にしている態度から推察すると、この絵画は以下のことを暗示しているのかも知れない、王の愛妾であるGabrielleは妊娠していて、彼女が身ごもっている子供は1594年に生まれたCésar de Vendômeなのかも知れないということである、GabrielleとHenri IVは正式には結婚していないので2人の子であるCésarは、アンリ4世の私生児ということになる。


絵画の中でガブリエルがつまんでいる指輪が、乳房の付近などのもっと高い位置に描かれていたとしたら、ガブリエルが産んだCésarの父親はアンリ4世であると考えるのが自然だと思います。

けれど、アンリ4世が未来の王妃に与えたはずの指輪は、画面の「下部」に描かれ、残念ながら輝きというものは全くと言って良いほど見られませんよね。

むしろ、こんなつまみ方をしていたら「下に」落としてしまうのではないかしらと思ってしまいます。


#3 後景に描かれた「赤」


美人姉妹の後方には炎が描かれています。
しかも、ガブリエルの顔に近い方に描かれています。

赤い衣服を身につけて針仕事をしている女性は、妹の側に配置されています。
俯いて顔を見せない彼女は、後景とは言え画面のほぼ中央に位置しているわけです。

生まれてくる赤ちゃんの産着を縫っていると思われる彼女は、この「首の太い妹」が本当は誰なのかを知っているのかも知れません。

ガブリエル・デストレ(1571-1599)が亡くなってから400年以上が経ちますが、この絵画の神秘性は今だに失われてはいません。

画家は、この絵画の中に特別の思いを込めて後世に何かを伝えようとしたのでしょう。


3) ウフィッツィ美術館所蔵作品


ガブリエル・デストレと彼女の妹を描いた作品は、ウフィッツィ美術館にもあります。

2011年1月3日フォンテーヌブロー派『ガブリエル・デストレとその妹』3 447

妹の広い肩幅と右腕の豪腕ぶりは、男性の体を見ているような気がしてきますよね。


★Quelque part dans le temps


第1章においてアンリ4世(在位1589-1610)はブルボン朝初代の王であり、ルイ14世(在位1643-1715)はその孫にあたると書きました。

さらに、その先のブルボン朝の歴史を追っていくと、ルイ14世の孫にフェリペ5世(在位1700-1746)というスペイン・ブルボン朝(スペイン語表記ではボルボン朝)の初代国王がいます。

アンリ4世の血をひくフランス・ブルボン家出身のフェリペ5世が、なぜスペインの王になったのかというと・・・、

スペイン・ハプスブルク朝(スペイン語表記ではアブスブルゴ朝)の最後の王であるカルロス2世(在位1665-1700)は、世継ぎを残さずにこの世を去りました。

その後スペイン王家が断絶したこと受けて、スペイン国王の地位を継承するためにフランスからスペインへやって来たのがフェリペ5世だったというわけです。

フェリペ5世がフランスからスペインへ赴く時に、祖父であるルイ14世は「フランス人であることを忘れるな。」と言って孫を送り出したそうです。

現在のスペイン国王であるフアン・カルロス1世(1938-)は、フェリペ5世が創始したスペイン・ボルボン家の血を受け継いでいるのです。

従って、テレビなどを通じて私たちが現在見ているスペイン王室の元を辿っていくと、今回のブログで取り上げたアンリ4世へと行き着くわけです。

系図はこうなります。

初代アンリ4世(フランス)→孫・ルイ14世→孫・フェリペ5世(スペイン)→子孫・フアン・カルロス1世



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