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コジモ・ロッセッリ『紅海の通行』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2012年08月11日(土)12時45分 | 編集 |
2012年8月11日(土)


目次
1. 連続して発生する災難
2. 過ぎ越しとは何か?
3. 紅海が割れた
4. 原題


今回取り上げる作品は、コジモ・ロッセッリ『紅海の通行』です。

2012年8月11日コジモ・ロッセッリ『紅海の通行』207

1. 連続して発生する災難


エジプト入りしたモーゼは、ファラオに謁見し、ユダヤ人の解放を求めて数度の交渉に臨みましたが、尽(ことごと)く決裂します。

ファラオとしては、労働力としてのユダヤ人を手放す意志など無かった、ということです。

モーゼの要求をファラオが呑まないことにより、エジプトには天罰が下り、街には様々な災難が降りかかりました。

それでも、ファラオは、態度を軟化させず、モーゼの要求を突き放します。

そうしたファラオの傲慢な様子を見て、神は、エジプト人に塗炭の苦しみを与えるべく、大きな災いをもたらすのです。


2. 過ぎ越しとは何か?


春分から数えて最初の満月の夜の出来事です。

エジプト中の全ての家から死人が出る、という大惨事が発生しました。
ところが、ユダヤ人の家からは死人が出ません。

これは、モーゼが前もって人々に、ある命令を出していたことが功を奏したのです。
モーゼはユダヤの長老たちを集めて、次のように申し渡しました。

「神は、高慢なエジプト人を撃つことにした。
人間から家畜に至るまで、全ての初子を殺すのだ。
我々ユダヤ人は、朝になるまで家の外に出てはならない。
そして、昼間の内に、子羊の血を入口の柱に塗っておきなさい。
その血を見て、神はユダヤ人の家には災いを及ぼさずに、過ぎ越すのだ。」

現在ユダヤ教では、毎年4月頃に過越(すぎこし)祭が行われています。
これは、モーゼの時代の「神の過ぎ越し」を祝って行われているのです。

過越祭は、ヘブライ語でペサハと言います。


3. 紅海が割れた


朝になり、ユダヤ人たちは、エジプトにおける奴隷生活を捨て、故郷であるカナンを目指す旅を開始します。

途中、紅海が行く手を遮り、ユダヤ人たちは立ち往生を余儀なくされました。
その間に、後方からは、エジプト軍が逃げ出した奴隷たちを追跡して来る姿が見えます。

このままでは、ユダヤ人はエジプト軍に逮捕され、連れ戻されて、また奴隷生活を強いられることになってしまいます。

ユダヤ人たちの間で動揺が広がったその時、先頭に立つモーゼが、神への祈りを捧げた後、紅海に向かって叫びました。

すると、紅海の水が左右に引き裂かれ、通行できる程度の道が、海底から現れたのです。

奇跡が起きました。

ユダヤ人たちは、迫り来るエジプト軍から逃げるようにして、モーゼに先導されてこの紅海の海底を渡り切りました。

ユダヤ人が全員渡り切った後、紅海の水は再び元の姿に戻ります。

途中まで海底を渡ってユダヤ人を追いかけていたエジプトの軍勢は、波に飲まれて次から次へと溺死して行きます。

コジモ・ロッセッリ(1439-1507)の作品では、向かって右に、紅海の中で溺死して行くエジプトの軍人たちと馬が描かれています。

首尾よく紅海を渡り切ったユダヤ人たちは、向かって左に描かれています。

モーゼの超人的な力のお陰で命拾いしたユダヤ人たちは、一目散に逃げるのではなく、紅海を渡った先で、しばしの宴を催します。

画面前景の向かって左側で、オレンジ色の服を着た長身の男性がモーゼですね。
モーゼは、右手に杖を持っています。

その向かって左側で、しゃがみ込み、青い服を着て、楽器を胸の前に持っているのは、ミリアムという女性です。

ミリアムは、モーゼ及びアーロンの姉にあたり、預言者とされています。

ミリアムが奏でる楽器の音色に合わせて、ユダヤ人たちは、ようやく解放されたという安心感に浸ることが出来たのです。


4. 原題


コジモ・ロッセッリ(Cosimo Rosselli)が描いた『紅海の通行』は、イタリア語ではPassaggio del Mar Rossoと言います。

passaggioが通行、il Mar Rossoが、紅海、という意味です。

この作品は、ヴァチカン宮殿内に建てられたシスティーナ礼拝堂(Cappella Sistina)のフレスコ画として保存されています。





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