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グエルチーノ『槍でダビデを殺そうとするサウル』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2013年01月12日(土)12時25分 | 編集 |
2013年1月12日(土)


目次
1. サウルの嫉妬
2. 原題


今回取り上げる作品は、グエルチーノ作『槍でダビデを殺そうとするサウル』です。

2013年1月12日グエルチーノ『槍でダビデを殺そうとするサウル』224


1. サウルの嫉妬


ペリシテ人のゴリアテを倒したダビデは、その後も、サウルに命じられて戦地へと出掛けて行きました。

ダビデは出陣のたびに勝利を収め、やがて、軍の指揮官となりました。
ダビデは、いつしか有名人となり、民衆からの広い支持を集めます。

こうなってくると面白くないのは、上司のサウルです。

周囲の人々は、サウルよりもダビデの姿を見ています。
サウルがどう考えるかよりも、ダビデがどう考えるのかを知りたがります。

サウルは、部下に手柄を独り占めされたことを、不満に感じていました。
そして、有能な部下であるダビデを、亡き者にしようと画策します。

グエルチーノ(1591-1666)の作品では、向かって左のサウルが、槍でダビデを殺そうとしている場面が描かれています。

王冠をつけたサウルの表情には、幼児性が窺えます。

この世では上司なのでしょうが、ダビデとは人間の器が違うということですね。
そのことを、サウルは認めたくないのです。

けれど、能力や人望を比較されたら必ず負けます。

そこで、殺そうという発想に至るわけです。
苛(いじ)めというのは、幼稚な者が思いつく対抗手段です。

サウルは、古代イスラエルの幼稚な王として、旧約聖書『サムエル記』にその名を記すことになりました。

ただ、この世というのは、苛(いじ)める側が必ずしも、すぐに挫折するわけではありません。
ある程度の期間、器の小さな者が権力を握り続けることもあるのです。

時として、正義は幼稚な変質者に屈服させられることもあるわけです。
だからこそ他人の人生を学び、苦境に耐えた先人たちの生き方を知る必要があるのです。


2. 原題


グエルチーノ(Guercino)が制作した『槍でダビデを殺そうとするサウル』は、イタリア語ではSaul tenta di uccidere David con la lanciaと言います。

uccidere Zは、Zを殺すという意味です。
la lanciaは、槍、です。

この作品は、ローマにある国立美術館(Galleria nazionale d'arte antica)で見ることが出来ます。




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