映画とドラマと語学、そして株式投資へ
| ホーム loro2012 |
| 投稿 |
スポンサーサイト
記事URL  カテゴリ | スポンサー広告 | --年--月--日(--)--時--分 | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。





グレゴリオ・デ・フェッラーリ『ジュノとアルゴス』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年06月13日(月)15時30分 | 編集 |
2011年6月13日(月)


目次
1. アルゴスの死後
2. イオの、その後
3. 息子エパポス
4. 原題


今回取り上げる作品は、グレゴリオ・デ・フェッラーリ作『ジュノとアルゴス』です。

2011年6月13日グレゴリオ・デ・フェッラーリ『ジュノとアルゴス』326

1. アルゴスの死後


ジュノは、ギリシア神話ではヘラに相当します。

イタリアの画家グレゴリオ・デ・フェッラーリ(1647-1726)が描いているのは、アルゴスの死を悼んでいるヘラの姿です。

ヘラが左の指でつまんでいるのは、アルゴスの目です。

ヘラは、アルゴスの全身についていた百の目を孔雀の羽に埋め込んで、自分に尽くしてくれたアルゴスのことを忘れないようにしようとしているわけです。

ヘラの忠臣アルゴスは、牝牛と化したイオを見張っている最中に、ヘルメスによって殺されてしまいました。

その様子を天界から見ていたヘラは、復讐としてイオを苛め抜くことにします。

雌牛の姿のイオに対して、ヘラは虻を差し向けます。
虻は、イオの臀部をしつこく追い回しました。

尻尾でいくら追い払っても、その虻はどこまでもイオを追い掛けて来ます。


2. イオの、その後


イオは、虻から逃げ続けました。
イオの辿った逃亡経路には、イオの名に因んだ名称が今でも残っています。

ギリシアの西に広がる海をイオニア海と言いますが、これはイオの名が由来となっています。

黒海とマルマラ海を結ぶ海峡を、ボスポラス海峡と言います。
ボスポラス海峡は、トルコのヨーロッパ部分とアジア部分を隔てる海峡です。

ボスポラスとは、雌牛が渡った、という意味です。
この雌牛は、イオを指しています。

イオは、イオニア海周辺からボスポラス海峡を通り、最終的にはエジプトへと辿り着きます。

雌牛の姿のままで延々と虻に追い掛け回されたイオは、エジプトに到着してようやくヘラから許されました。

イオは、ナイル川の畔(ほとり)で元の美しい女性に戻ることが出来ました。


3. 息子エパポス


エジプト人たちは、一頭の牛が美女へと変身する様子を目の当たりにしました。
そして、イオをナイル川から現れた女神として扱いました。

イオは、エジプト宮廷に迎えられ、その後、ゼウスの子を出産します。
生まれた息子は、エパポスと名付けられました。

エパポスが生まれたことを知ったヘラは、再びイオに意地悪をします。
赤子のエパポスを、エジプト宮廷から拉致したのです。

イオは、エパポスを探す旅に出ます。
イオは、またしても流浪の人生を送ることになりました。

そしてシリアにおいて、ようやくイオはエパポスと再会することが出来ました。

その後、エジプト宮廷に戻ったイオは、ファラオと正式に結婚しエジプト王妃となりました。
エパポスはエジプト王の地位を継承し、河神ナイルの娘メムピスとの間に王女リビュエを儲けます。

リビュエの孫が、エウロパです。
系譜を示します。

イオ→エパポス→リビュエ→アゲノール→エウロパ


4. 原題


グレゴリオ・デ・フェッラーリ(Gregorio De Ferrari)が描いた『ジュノとアルゴス』は、英語ではJuno and Argusと言います。

この作品は、ルーヴル美術館(Musée du Louvre)で見ることが出来ます。





関連記事

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。