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アンニーバレ・カラッチ『バッカスとアリアドネの勝利』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年08月06日(土)11時53分 | 編集 |
2011年8月6日(土)


目次
1. 命を懸けた恋
2. 忘れえぬ恋と忘れてしまう恋は、何が違うのか?
3 新天地リムノス島
4. 原題


今回取り上げる作品は、アンニーバレ・カラッチ作『バッカスとアリアドネの勝利』です。

2011年8月6日アンニーバレ・カラッチ『バッカスとアリアドネの勝利』169

1. 命を懸けた恋


バッカスはギリシャ神話ではディオニュソスに相当します。

クレタ島の王女アリアドネはナクソス島でテセウスに捨てられた後、葡萄酒の神ディオニュソスの愛を受け入れ結婚しました。

ところが同意の上でディオニュソスと結婚したとはいえ、アリアドネはテセウスのことをいつまでも忘れることが出来ません。

アリアドネとテセウスは僅かな時間しか共有していませんが、アリアドネにとってテセウスは自分から好きになった相手であり、自分からセックスしたいと望んだ相手なのです。

テセウスから愛の告白を受けてその愛を何となく受け入れたのではなく、アリアドネの方から積極的にテセウスに対して働きかけたわけです。

祖国を裏切ったアリアドネにとっては、ある意味一世一代(いっせいちだい)の恋だったのです。

アリアドネはディオニュソスと結婚した後も、テセウスと命懸けで共に行動したことは忘れがたい思い出として深く心に残っているのです。

まあ、当然ですよね。
私がアリアドネの立場だったとしても、同じように相手のことを忘れられないと思います。

自分から好きになった相手と共に命懸けで生きたのであれば、たとえその後の2人に悲劇的な別離が訪れたとしても、生涯相手のことを忘れることはないはずです。

私には残念ながら命懸けの恋をした経験はありませんけどね。


2. 忘れえぬ恋と忘れてしまう恋は、何が違うのか?


一般論として過去に付き合った異性を日常的にはすっかり忘れているのは、そもそも相手から愛を告白されたか、あるいは命懸けの人生を共有していないからです。

つまり恋愛の入り口においては自分から相手のことを好きになったわけでもないし、恋愛の過程においては後に相手のことを忘れる程度の付き合い方しかしていなかったということです。

たとえ交際中に何回セックスをしていたとしても、何回映画や芝居を一緒に見に行っていたとしても、元々自分から好きになった相手ではない場合は、事情があって別れてしまえばそれまでですよね。

恋愛の入り口がどうであれ、別れることなくそのまま一緒に生きて行くのが一番良いのかも知れませんが、まあそういうわけにもいかない事態が人生には往々(おうおう)にして起きるんですよね。

しかも年収や社会的地位や美貌など相手が持っている要素を恋をする上での本質的な条件とした場合は、相手がその要素を失った瞬間にもう用済みということにもなりかねません。

やっぱり恋愛というのは男女を問わず、自分から好きにならないと本物ではありませんね。
自分から思い切って愛の告白をするかどうかは別としてもね。

確かに愛の告白を双方が同時に行うということはあり得ません。

しかし相手からの一方的な愛を何となく受け入れて、そのままの流れでセックスパートナーになっただけという場合は、アリアドネのような慕情を持ち続けるのは困難でしょうね。

一方どちらかが愛の口火を切った場合に、その愛に即呼応して自分からその恋愛を積極的に望んだ場合は、時系列としては相手の愛を受け入れた格好になったとしても、それは能動的な恋愛と呼んでもいいはずです。

結論としては強く望んだか否か、そこが忘れえぬ恋になるかどうかの分岐点ですね。
強く望んだ場合は、いかなる結果責任をも取る覚悟が出来ているはずです。

恋愛に限りませんが、この世で結果責任を取らない人はきっとその事柄を強くは望んでいなかったのでしょうね。

何事にも受け身で生きている者には責任追及は出来ませんね。

アリアドネはテセウスに対しては能動的な恋愛をしましたが、ディオニュソスに対してはその愛を何となく受け入れて結婚し、そのままの流れでセックスパートナーになっただけです。

これは同じ人間でも二面性があるということを示しています。

また人間のそうした二面性を誰も責めることは出来ないはずだと、古代ギリシア人は考えたのかも知れません。


3. 新天地リムノス島


ディオニュソスはアリアドネがいつまでもテセウスのことを思慕しているのを見て、ナクソス島を離れることにします。

テセウスとの想い出が染み付いたナクソス島で暮らしている限り、アリアドネの心は塞ぎこんだままです。

ディオニュソスはアリアドネや従者たちを連れてリムノス島に渡りました。
リムノス島はエーゲ海北部にある島です。

イタリアの画家アンニーバレ・カラッチ(1560-1609)は、リムノス島に着いたディオニュソスとアリアドネ一行が行進している場面を描いています。

中景向かって左の青い服を着て白い車に乗っているのがアリアドネです。
アリアドネは美しい右肩や背中を露にしています。

アリアドネの頭上ではエロスが女王の冠を載せようとしています。

その向かって左で黄金の車に乗っているのがディオニュソスです。
ディオニュソスは左手には葡萄の房を持っています。

右手で持っている長い杖はテュルソスと呼ばれていて、葡萄の葉が巻かれています。

中景向かって右では、シレノスが相変わらず酔いつぶれてロバに乗っているところです。
シレノスは半人半馬の種族でディオニュソスの従者です。

シレノスは葡萄酒を飲み過ぎて自分独りでは体を支えられません。
右脚と左腕を周囲の者に抱えられて、辛うじてロバの背に乗っています。

こうしてアリアドネの新天地における生活が始まったのです。

アリアドネの話はこれでおしまいです。
次回からはテセウスのその後を取り上げます。


4. 原題


アンニーバレ・カラッチ(Annibale Carracci)が描いた『バッカスとアリアドネの勝利』は、イタリア語ではTrionfo di Bacco e Ariannaと言います。

この作品はローマにあるパラッツォ・ファルネーゼ(Palazzo Farnese)で見ることが出来ます。

パラッツォ・ファルネーゼはファルネーゼ宮とも呼ばれます。
ファルネーゼ宮は現在イタリアにおけるフランス大使館として使用されています。





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