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アールト・デ・ヘルデル『ダビデにゴリアテの剣を与えるアヒメレク』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2013年01月26日(土)13時11分 | 編集 |
2013年1月26日(土)


目次
1. レンブラントの弟子
2. ノブの祭司アヒメレク
3. アヒメレクの最期
4. 原題


今回取り上げる作品は、アールト・デ・ヘルデル作『ダビデにゴリアテの剣を与えるアヒメレク』です。

2013年1月26日アールト・デ・ヘルデル『ダビデにゴリアテの剣を与えるアヒメレク』229


1. レンブラントの弟子


この絵を見た時に、レンブラント(1606-1669)の作品ではないか、と思った人も多いでしょう。
作者のアールト・デ・ヘルデル(1645-1727)は、オランダの画家で、レンブラント晩年の弟子の一人です。


2. ノブの祭司アヒメレク


王サウルに殺されそうになり、身の危険を感じたダビデは、イスラエル宮廷を離れて、祭司の街ノブへと辿り着きました。

ノブというのは、イスラエルの祭司たちが多数暮らす街で、宗教的色彩の濃い地域です。

ここへ逃げ込んだダビデは、祭司のアヒメレクに仔細を話し、パンと武器の提供を求めました。
事情を理解したアヒメレクは、ダビデにパンを与え、武器としてゴリアテの剣を渡しました。

アールト・デ・ヘルデル(Aert de Gelder)が描いているのは、アヒメレクがダビデにゴリアテの剣を手渡している場面です。

向かって左がアヒメレク、向かって右がダビデです。

このゴリアテというのは、かつてダビデが打ち倒したペリシテ人のゴリアテのことです。
ダビデは、ゴリアテが持っていた剣を使って、ゴリアテの首を刎(は)ねたのでした。

恐らくそのゴリアテの剣は、その後、戦利品としてイスラエル側が保有することになったのだろうと思われますが、祭司のアヒメレクがこの時点で所有していた理由については、『サムエル記』では述べられていません。


3. アヒメレクの最期


サウルは、アヒメレクがダビデを匿(かくま)い、軍事的な援助までしたことを部下の報告によって知りました。
サウルはアヒメレクを呼び出し、ダビデとの謀議について問い質(ただ)します。

アヒメレクは弁明しますが、ダビデに恨みを持っているサウルが聞き入れるはずもありません。
サウルは部下に命じて、アヒメレク以下、ノブで宗教生活を送っていた祭司たち85名を殺害しました。

サウルは、祭司たちを殺すだけでは気が収まらず、ノブにいる女性、子供、さらには、牛、馬、ろば、羊も殺害しました。

狭量な権力者というのは、分別というものが身に備わっていないため、このような悲劇的な結果を招くのです。


4. 原題


アールト・デ・ヘルデルが描いた『ダビデにゴリアテの剣を与えるアヒメレク』は、英語ではAhimelech Giving the Sword of Goliath to Davidと言います。

この作品は、アメリカのカリフォルニア州ロサンゼルスにある、ジェイ・ポール・ゲッティ美術館(J. Paul Getty Museum)で見ることが出来ます。




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