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フランソワ・ブーシェ『マリー=ルイーズ・オミュルフィ』
記事URL  カテゴリ | その他絵画 | 2011年02月06日(日)13時58分 | 編集 |
2011年2月6日(日)


目次
1. アイルランド人モデル
2. 鹿の園
3. 原題


今回取り上げる作品は、フランソワ・ブーシェ作『マリー=ルイーズ・オミュルフィ』です。

2011年2月6日フランソワ・ブーシェ『マリー=ルイーズ・オミュルフィ』271

1. アイルランド人モデル


フランスの画家フランソワ・ブーシェ(1703-1770)が描いている女性は、マリー=ルイーズ・オミュルフィ(1737-1814)です。

オミュルフィの父はアイルランド人で、生まれはルーアンとされています。

ブーシェがこの作品を制作したのは1751年です。
ヌードモデルを務めているオミュルフィは14歳ということになりますね。


2. 鹿の園


ブーシェが活躍した頃のフランス国王はルイ15世(在位:1715-1774)です。

ルイ15世の公妾ポンパドゥール夫人(1721-1764)は、ヴェルサイユの森に鹿の園(Parc-aux-cerfs)と呼ばれる娼館を建てました。

鹿の園とはルイ15世に性的な奉仕を行う女性が一定期間暮らす場所でした。
オミュルフィも鹿の園で暮らした時期があります。

ルイ15世はブーシェの描いたこの官能的な肉体に強い興味を示し、オミュルフィを鹿の園へ招くよう命じたという説もあります。

オミュルフィは1753年に鹿の園で暮らすようになりました。
オミュルフィが16歳の時です。

ルイ15世(1710-1774)は43歳だったわけですね。

鹿の園は、集められた女性たちが長期間に渡って囲われ続けるような施設ではありませんでした。

比較的短期間でお役御免となり良縁を紹介されたり年金を支給されたりと、ある程度の身分保障は行われていたようです。

オミュルフィはルイ15世の子供を二人産んで、年金を支給されながら余生を送ったと言われています。

オミュルフィ(1737-1814)が52歳の時にフランス革命が起きました。
ナポレオン1世(在位:1804-1814)が失脚した時には、オミュルフィはまだ存命でした。

オミュルフィはフランスの激動の時代を生き抜いたわけですね。


3. 原題


フランソワ・ブーシェ(François Boucher)が描いた『マリー=ルイーズ・オミュルフィ』は、フランス語ではMarie-Louise O'Murphyと言います。

この作品は、ドイツ西部の街ケルン(Köln)にあるWallraf-Richartz-Museum & Fondation Corboudで見ることが出来ます。





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