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ウジェーヌ・ドラクロワ『怒れるメディア』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年09月22日(木)16時05分 | 編集 |
2011年9月22日(木)


目次
1. イアソンの子を手にかける魔女
2. 太陽神ヘリオスの孫娘
3. 原題
4. もう一枚の『怒れるメディア』
5. イアソンの最期


今回取り上げるのは、ウジェーヌ・ドラクロワ作『怒れるメディア』です。

2011年9月22日ウジェーヌ・ドラクロワ『怒れるメディア』1 505

1. イアソンの子を手にかける魔女


メディアは、イアソンの愛が冷めたことを知り、絶望の淵に追い込まれます。

そして、自分を見捨てたイアソンへの復讐として、彼の血を受け継ぐ二人の子供の命を奪うことにしました。

イアソンを殺すことは出来ないので、弱い立場にある子供たちを彼の身代わりにするということですね。

狂乱した魔女の判断は、常軌を逸しています。

自分を捨てたイアソンに対するあてつけとして、イアソンの血を引く子を自らの手で殺そうというのです。

イアソンにとっては、子を失うというのは、最も避けたい事態です。
だからこそ、メディアは子殺しを実行するのです。

メディアはイアソンに対する仕返しとして、イアソンの血統をこの世に残さないという道を選択したのでした。

フランスの画家ウジェーヌ・ドラクロワ(1798-1863)は、メディアが犯そうとしている蛮行を描いています。

画面中央で、左手に剣を持っているのがメディアです。

メディアは怒りに燃えていて、もはや後戻りは出来そうにありません。
こうしてメディアは、二人の小さな子どもたちの命を、葬り去りました。


2. 太陽神ヘリオスの孫娘


メディアは子供たちを殺害した後、太陽神ヘリオスに願いを掛け、竜が引く戦車を天空から降ろしてもらいました。

ヘリオスは、メディアの祖父にあたります。

系譜を示します。

ヒュペリオン→ヘリオス→アイエテス→メディア


メディアは、竜の引く戦車に乗って、空の彼方へと去って行きました。
その落ち着き先が、アテナイ王アイゲウスのところです。

アテナイでは、メディアとテセウスとの間に確執が生まれることになりますが、この話は既に、2011年7月31日(日)の記事『ウィリアム・ラッセル・フリント『テセウスに毒杯を差し出すメディア』 loro2012.blog.fc2.com』で述べています。


3. 原題


ウジェーヌ・ドラクロワ(Eugène Delacroix)が描いた『怒れるメディア』は、フランス語ではMédée furieuseと言います。

Médéeは、メディアのことです。

furieuxは形容詞で、怒り狂った、という意味です。
ここではメディアが女性なので、形容詞も女性形になっていますね。

1862年に制作されたこの作品は、ルーヴル美術館(Musée du Louvre)の所蔵となっています。


4. もう一枚の『怒れるメディア』


なお、ドラクロワはこれ以前に、同じ構図でもう一枚『怒れるメディア』を描いています。

2011年9月22日ウジェーヌ・ドラクロワ『怒れるメディア』2 not

1838年に制作された上掲の作品は、フランス北部のノール県にあるリール市立美術館(Palais des Beaux-Arts de Lille)が所蔵しています。

画像が小さくて見づらいのですが、ルーヴル版とリール版とではメディアが左手に持っている剣の先端の位置が異なっています。

それ以外は、ほとんど見分けがつきませんね。


5. イアソンの最期


メディアに子供たちを殺されたイアソンは、全てを失いました。
家庭も、社会的地位も、夢も、何もかも無くなってしまったのです。

イアソンに残されたものがあるとすれば、黄金の羊毛を求めて冒険した時の思い出と、メディアと楽しく暮らしていた頃の思い出です。

イアソンは、その後、大海原へと一人で船を漕いで、旅立ちました。

そして、水平線を遠くに見つめながら、メディアと出会ってからの様々な出来事を思い出し、一日一日を過ごしていきました。

やがて、イアソンは、船の上で息絶えたと伝えられています。





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